十一面千手観音

 私は二十九代の善福寺住職であります。 寺史で述べています様に、寺が開基された時は、天台宗でありまして、比叡山からこの地にこられた修行僧の浄観僧都が、十一面千手観音像を安置され、観音菩薩を中心として寺が始まったと伝えられています。現在でも、参拝におとづれる人々は数多く来られ、地名も千手堂といわれる要に地域になじんでいます。およそ400数年前、西暦1600年には関ヶ原合戦がありました。その直前の8月23日、徳川家康の軍勢によって、岐阜城主織田秀信の軍は敗北となり、岐阜城は落城しました。その時城下の御手洗の池から出現された、阿弥陀如来(木像)を本尊として西本願寺より「善福寺」の寺号を賜わり、浄土真宗に転派して、念仏道場として、現在に至っています。本願寺派は、弥陀一仏の教えでありますが、千手観音様は、寺の始まりでありますから、信者の方々共々にお守りしていきたいと思います。
            住職 松波正文


交通アクセス・周辺地図

【電車・バスの場合】JR岐阜駅または名鉄岐阜駅より西鏡島行きバスで「徹明通6丁目」下車、善福寺ビルの裏側に寺がある。岐阜駅より徒歩20分。
【車の場合】普通車は境内に駐車可。大型バスは「徹明通6丁目」バス停東側に一時停車。

周辺地図

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寺 史

天歴九年(955) 天台宗の修行僧 浄観僧都が、十一面千手観音をこの地に安置 して、「専浄寺」と号したのが創まりであります。
寛禎元年(1235)その当時の住職であった、覚信和尚が浄土真宗の宗祖である。 親鸞聖人の教義にひかれて、僧名を了道と新ため、寺院は念仏道場になった。
慶長五年(1600)本尊阿弥陀如来を安置(岐阜城落城の時の仏様と伝えられる。)
慶長六年(1601)西本願寺(本山)より「善福寺」の寺号を賜わり、浄土真宗に 転派
昭和二十年戦災により、本堂等焼失しましたが、昭和40年に再建し現在に至る。


寺 宝 ・ 見 所
 
  境内には、300年たつといわれる、おおきないちょうの木があります。
年中行事
1月1日 元旦会(9時〜)
2月11日 報恩講(午前10時〜 ・ 午後1時半〜)
8月18日 御開帳
3・5・7・9月の13日 1時〜 常例法座


 
 
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